「いきやすい車屋」から「いきやすい地域」へ。創業70年のモータースアトツギ・村田陽亮さんが駆け抜けた3ヶ月のリアル
プロジェクト会員活動レポート㉑
起業・創業・新規事業の伴走支援プログラムである emCAMPUS STUDIO プロジェクト会員制度。
その第7期会員として活動されたのが、愛知県豊橋市で昭和31年に創業し今年70周年を迎える「若松彌(わかまつや)株式会社」のアトツギ・村田陽亮(むらた ようすけ)さんです。
キックオフ時に掲げた「移動スーパー」事業構想からスタートし、
3ヶ月間にわたる検証と壁打ちを経て到達した現在地と、
「アトツギ甲子園」に向けた決意についてレポートします。
老舗モータースのアトツギが抱く、地域の未来への危機感
愛知県豊橋市の市街化調整区域に本社や店舗を構える若松彌株式会社。
オールメーカーの自動車販売から整備、鈑金塗装、保険までをワンストップで手掛け、
年に一度の感謝祭には数千人が集まるなど、長年にわたり地域住民との深い信頼関係(コミュニティ)を築いてきました。

一方、村田陽亮さんのキャリアは非常にユニークです。
大学時代は都内で演劇の演出家として賞を受賞し、地方銀行、通信制高校(N高)での勤務を経て家業へ入社しました。
「オーナーシップを持って自分らしく挑戦したい」という個人の原体験と、EV化の進展による整備収入の減少や人口減少といった業界のマクロな環境変化への危機感が合致し、新規事業創出への挑戦が始まりました。
「移動スーパー」構想からのスタートと試行錯誤の軌跡
プログラム開始当初、村田さんが提案していたのは高齢者の買い物支援と本業(中古車買取や整備)を組み合わせた「移動スーパー」事業でした。
背景には、高齢者が車を手放すと社会的孤立が約2倍、
認知症リスクが約4割増加するというデータに対する強い問題意識がありました。
しかし、3ヶ月の伴走支援の中で単体での収益性や社内体制、
そして「自分自身が本当に熱量を持てるか」という内発的動機(WILL)との対話を進める中で葛藤が生まれます。


子ども向けの体験型ワークショップ(レゴ&車分解)や次世代モビリティ(eスニーカー)、電話を活用した高齢者支援プラットフォームなど、自社の強みと自身の関心を重ね合わせながら多角的な仮説検証と試行錯誤を繰り返しました。
「いきやすい車屋」から「いきやすい地域」へ
当初、この3ヶ月間で目指していたゴールは「新規事業の具体化」、ひいては「PoC(実証実験)の準備」にまで踏み込んだ実行計画の策定でした。
しかし、検証を進める中で、採算性を確保することが難しい「移動スーパー」構想にこだわる理由を見つめ直します。
一時は「なぜ自分は新規事業に取り組むのか」という目的意識そのものを立ち止まって問い直す、葛藤の時期も経験しました。
結果として、3ヶ月という限られた時間の中で一つの固定されたビジネスアイデアに定着させることはできず、
ある意味では「当初想定していた計画通りには進まなかった」プロセスと言えます。
しかし、スタッフとの日々のMTGや思考錯誤・ピボットを重ねた結果、
「自分がなぜ新規事業に取り組むのか」
「会社として取り組む上で必要な観点は何か」
という根本的な問いに対して、ブレない回答を得るに至りました。
そうして辿り着いた真のゴールこそが、自社の在り方である「いきやすい車屋」の実現と、
その先にある「いきやすい地域」の創造です。
単に車を売る・直す場所にとどまらず、地域住民が物理的・心理的な制限を感じずに集い、ゆるやかにつながり合えるインフラ拠点として車屋を再定義すること
――これが、確かな軸となりました。
「アトツギ甲子園」へ、地域をシュリンクさせない未来づくり
3ヶ月間のプロジェクト会員期間を経て、村田さんの挑戦は次のステージへと向かっています。
自身のアトツギとしての原体験と会社のアセットを融合させたテーマ『子どももシニアも集まる、移動とセットの多世代交流拠点』を掲げ、全国の若手後継者が競う「アトツギ甲子園」に向けて準備を進めています。

「地域をシュリンクさせないために、車屋の新しい未来をつくりたい」――。 試行錯誤を恐れず軸を固めた村田陽亮さんの挑戦は、これからの東三河の地域社会に温かい循環を生み出していきます。