誰もが自分の命を守り切れる社会へ。「冠水予測」で挑んだ仮説検証――名古屋国際工科専門職大学 石口龍宝さん
プロジェクト会員活動レポート⑯
今回は、第5期 emCAMPUS STUDIO プロジェクト会員として活動された、名古屋国際工科専門職大学の石口龍宝さんの取り組みをご紹介します。
高校時代に西日本豪雨や台風19号を目の当たりにし、「災害に対して誰もが自分の命を守り切れる社会」を実現したいという強い想いを持つ石口さん。なぜ人は身の危険を感じないと避難しないのか? 逃げ遅れを防ぐためのソリューションとは? 大学生ながら、ヒアリングやプロトタイプ検証を通じてリアルな課題に向き合い続けた、3ヶ月間の活動レポートをお届けします!

プロジェクトキックオフ
石口さんのプロジェクトの原点は、高校生のころから抱いていた「防災・減災」への関心でした。特に2021年の熱海市伊豆山土砂災害などをきっかけに、自然災害による死者を限りなくゼロにしたいという想いを強くしました。 活動当初に着目したのは、「避難の遅れ」という課題です。データによると、水害・土砂災害による犠牲者の約9割が避難行動をとっていませんでした。石口さんは、その原因を「いつ・どこが・どの程度危険なのかイメージがわかないため」と仮説を立て、「冠水予測」によってリアルタイムで浸水リスクを可視化するアプリの開発を構想しました。 キックオフ直後は、この仮説を検証するため、まずは自治体(豊橋市都市計画課)や消防団、そして住民へのヒアリング活動からスタートしました。

中間報告会
活動の中盤、石口さんは自身が立てた仮説と、現場のリアルな声とのギャップに直面します。実際に9名の方へヒアリングを行った結果、以下の厳しい現実が明らかになりました。
- 「避難タイミング」の課題: 住民は雨雲レーダーや電車の運行状況など、すでに独自の判断基準を持っており、新たな指標を求めていないケースが多かった。
- 「避難経路」の課題: 長年住んでいる住民は、地元のどこが危険か(アンダーパスなど)を経験的に把握しているものの、災害時に実際にどの道が使えるかの把握には課題が残っているという回答が得られた。
- 支払い意向の壁: 最も重要な気づきとして、作成した冠水予測アプリのイメージを見せても、「無料なら参考にするが、お金は払わない」という意見が多数を占めた。
これらの結果から、単に予測技術を提供するだけではビジネスとして成立しないこと、そして「避難しない」人々の行動を変えることの難しさを痛感し、ターゲットや提供価値の練り直しを迫られました。

事業計画の具体化とブラッシュアップ(重要な活動のハイライト)
中間報告での気づきを経て、emCAMPUS STUDIOのスタッフ(黒台)との定例ミーティングでは、よりシビアな「マネタイズ(収益化)」と「ターゲット選定」の議論が交わされました。
- プロトタイプ(チラシ)による検証: 技術的な開発だけでなく、サービスの価値や価格を記した「チラシ」を作成し、それを用いて顧客が本当にお金を払うか検証する手法を取り入れました。
- 競合との差別化とターゲットの再定義: 国土交通省が推進する「ワンコイン浸水センサー」などの競合を調査し、既存製品が測定していない「水位(深さ)」まで測れる安価なセンサーをMVP(実用最小限の製品)とする案を検討しました。しかし、個人(BtoC)への課金ハードルが高いことから、ターゲットを「命の危険を感じるニッチ層」に絞るか、行政(BtoG)へ売り込むかというピボット(方向転換)の議論を重ねました。
プロジェクトクロージングに向けて
最終成果発表会では、完成したアプリの発表ではなく、これまでの「仮説検証のプロセス」そのものが大きな成果として報告されました。 3ヶ月間の活動を通じて、「住民はお金を払ってまで冠水情報を求めない」という事実や、「避難行動をとらない層」の心理的なハードルが明確になりました。 発表後のフィードバックでは、「天気アプリなど既存のプラットフォームと連携してデータを売る」「企業のBCP(事業継続計画)対策としての法人需要を狙う」といった新たな可能性も示唆されました。 石口さんは今後も、「誰もが自分の命を守り切れる社会」というビジョンの実現に向け、今回得られた知見を元に、解決すべき真の課題へのアプローチを続けていきます。
