「笑いと歴史の柿農家」百年柿園ベル・ファーム

インタビュー者:百年柿園ベル・ファーム 鈴木義弘氏

東三河で持続可能な世界に向けて社会課題に取り組む食・食文化の創造者(東三河フードクリエイター)を見つけ、日本や世界に発信していく東三河フードクリエイター配信。 今回は「笑いと歴史の柿農家」百年柿園ベル・ファームの鈴木義弘さんにお話を伺いました。

百年柿園ベル・ファームはどんな取り組みをしていますか?

愛知県豊橋市で大正時代から続く柿園で、520aの広さの柿園で栽培しています。この大きさは、地元の柿生産者の平均栽培面積の約7倍もの広さです。
また、次郎柿を始め5種類の柿を生産しており、長い期間柿を楽しんでもらうための生産を行っています。その中でも、ベル・ファームで栽培されている次郎柿は、約100年前から栽培されており、宮内庁に献上されたこともあります。
柿の栽培のほかにも、柿を使用した加工品も作っており、ドライフルーツ、チップス、干し柿を作っています。 どんな方にも美味しく食べていただけるように、また年間を通して柿を楽しんでもらえるような取り組みをしています。

百年柿園ベル・ファームでは、他の柿農家とは違う「栽培方法」で柿を作っております。
柿は通常、畑に直接苗木を植えて栽培をしますが、ベル・ファームでは「ポット栽培」という手法を導入しています。この栽培方法は、苗木を40リットルの不織布の鉢に植え、数年間を鉢のままで栽培します。鈴木義弘さんが大学で研究を行っていた栽培方法であり、大学卒業後に現場に取り入れました。肥料を効率的に撒いたり、樹高を低くさせることが出来、栽培をコントロールしやすいこの栽培方法は、収穫できる状態の大苗を畑に移植できるため、新しい柿園を造成する場合に無収益の期間を短縮できます。

なぜ加工品を始めようと思ったのですか?

最初は鈴木義弘さんの母親が渋柿から干し柿を作ったことがきっかけでした。
渋柿は甘柿が作れない地域で作られることが多いです。例えば東北地方などの緯度が高い地域だと、秋の気温が低く甘柿を作ることができないため、渋柿を干し柿にすることが多いです。
豊橋市は甘柿が取れる地域であり、わざわざ渋柿を栽培して干し柿を作る文化がありません。また、秋に気温が高いため渋柿の製造中にカビが発生してしまうこともあります。
そのような中で甘柿の苗木を購入した際に、たまたま渋柿の苗木が1本混ざっていました。
当初は切ってしまおうと思っていましたが、鈴木義弘さんの母親が「せっかくだから干し柿を作ってみよう」と言い、結果的に美味しい干し柿が出来ました。
そこから他の加工品も少しずつ増やしていく方針に変わり、家庭用乾燥機を購入しドライフルーツ作りが始められました。地元では次郎柿のドライフルーツが珍しいこと、美味しくできてもっと作ってほしいという声が増えてきたため、鈴木義弘さんの母親の趣味の世界から、加工室を作り本格的に加工品の生産を始めました。

百年柿園ベル・ファームの今後の展望を教えてください!

今まであまり作られてこなかった品種を作ることで、その品種の価値を広めていくことや新しいブランドのものをこの東三河から発信できたらいいなと思っています。
また、この地域にスマートインターやバイパスが出来る予定です。人の流れが変わる可能性もありますし、産業の誘致で農業とは違う産業の工場や企業が来るかもしれません。
そうなると柿を生産する面積が減っていく可能性もあります。 新しい人の流れに上手く合わせながら、今とは違う柿作りを思考して、若い柿農家が後継者として育っていけるような地域にしていきたいと思います。

今後の東三河の食や農に対してどのような未来を期待していますか?

これまでの農家は、基本的に自分が作っている生産物を栽培し、販売するところまでしか考えてこなかったと思います。
これからは誰が食べてくれるのかを意識しながら栽培や販売を行うことで、「食」という楽しみを地域の魅力として最大化できればと思っています。 現在emCAMPUS周辺を中心に行われている「東三河フードバレー構想」のように、食や農に魅力を感じている人や携わりたい人が伸び伸びと活動していける地域になっていけると嬉しいです。

「実は私は…こんな人!」

今回は百年柿園ベル・ファーム鈴木義弘さんにお話を伺いました。その人柄を紹介していきます!
実はダジャレが大好きです。
古い付き合いの方はダジャレをよく言う人だと認識されています(笑)
加工品のネーミングは一目でわかってもらえるように、ダジャレを取り入れています。 そういった商品名にダジャレを取り入れて考えることは大好きです。